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映画評論 影との逍遥 第二回「ストリート・オブ・クロコダイル」和泉萌香

 雨も日光もまるで人工の現象のような、不感症のアスファルトに覆われた都市、電飾の器官が昼にも夜にも張り巡らされて人々の眼球に無性格の表情を押し付ける都市。地下鉄の曇った琥珀色の光、ビルの狭間で息を潜める木々の緑、ずっしりとした重さからかけ離れた陳腐な砂糖菓子のような言葉と色が溢れた都市の皮膚を剥がしてしまえば、いや凝視し続けてみれば、そこにあるのはまるでブラザーズ・クエイ監督作品『ストリート・オブ・クロコダイル』の如く灰色の舞台なのではないか、とふと考えてみたことはないだろうか。病めるがらんどうの瞳が持つ猥褻さや退廃の極致が放つ魅力には欠けている現代都市、硬直したまま時を過ごし続ける地区に生まれた者たちは「熱意も興奮も全てが、不必要な努力の中へ、無駄に失われた追求の中へと蒸発して消えていかなければならない」灰色を故郷とする。

 老人が涎を垂らし、鮮血が無慈悲な官能をたたえてこびりついた刃物が回転し、その世界が動き出す。男の人形が彷徨い通り抜けていくのは誰もが体験し得る時間の流れから見放された、逸脱した世界…死を繰り返しながら無限の繁殖力を持つ博物館、パサージュ風の租界だ。汚れの積もった鏡のような、大ガラスのような板の向こうに延々と灰の振りかぶった街が続いている。粉塵や砂鉄が蝟集する退廃の小部屋で、艶かしい肉を孕んだ時計が釘を量産し、無機物が恍惚に喘いでいるように思われる。ぽっかり頭部に穴が空いた人形の頭に詰められているのは綿毛か、麻屑か。針を指揮棒のように携えて人形たちがゆっくりと動き出す、仄暗い遊戯の開始を知らせる瞬間に起こる異常な興奮。「人間という材料の安価なこの街では、奔放な本能もなければ、異常な仄暗い情熱も入り込む余地はない」ブルーノ・シュルツが描き出した、何事も決定的帰結に達することのない、模造品や古新聞の切り抜きで構成された租界、薄っぺらい思いつき、複製された感情がにょきにょきと発芽して灰色の厚みを深めてゆく大鰐通りの世界は、粗悪で堕落の匂いをたたえた半端者の人形や古びて黴のこびりついたある種の遺品で構築されたブラザーズ・クエイによるこの映像が素晴らしくふさわしい。『ストリート・オブ・クロコダイル』は原作者ブルーノ・シュルツが作品においてしたためた、物質が持つ繁殖の力を、隠された未知の生命を、無機物が備えた毛穴や産毛を、暗がりとの孤独な交信を映像によって蘇らせていると言えよう。ポーランドに生まれ、ゲシュタポの銃弾に倒れた“溺れた狂人”作家、ブルーノ・シュルツ。第二の創造主として疑似生物を大きな無慈悲な四季に、街の歪みに産み落とした彼の物語にはグロテスクで、臭気や過剰なまでの色彩がじっとりと交配しており、気怠く淫らな時間と空間がある。

 シュルツの宇宙を、彼が書いた花片や鱗片や胞子を砂鉄や釘に姿を変貌させ、再び四方八方が灰色で囲われた黴臭い空間として出現させた『ストリート・オブ・クロコダイル』。粗悪品が犇いた都市に生み落とされた部屋の虚しさがありながらも、それを超えて孕んでいる本作の魔術的魅力は、現代社会に決して汚されることのない病に浸った患者たちの誘惑である。鬱々と枯れた灰色の街を仄暗い情熱と無頼者の笑顔で闊歩する術を教える作品である。不格好な無機物たちのロンドの冷めやらぬ狂熱が、欠陥品に宿る美が、暗黒に接吻された美が解き放たれ、不条理が巣食う日常という仮面を被った現代社会に再び忘れ去られた探究心と指に宿る繁殖力の可能性をうたわせる混沌と艶めく世界であり、官能と秘密を追求する者たちにドス黒い誘惑の火をつける映画である。そして疲労の靴を履いた我々を幾度となくおびき寄せ、悪戯な不毛を弄らせる映画なのである。


(和泉萌香)

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